鍵盤を見なくても弾けるようになる事が上達の秘訣

雨が強く降った後にお買い物に出掛けた。今日も帰りがけにオレンジのカーネーションが売り場に出現して買い足した。

先週の青いリンドウにカラフルなお花を足しました。濃いオレンジは薔薇です。

背の高い赤いのは千日紅。発表会のステージに使われたお花。簡単にドライフラワーになり、大事に扱うとずっと使えると思う。生花ばかりではお金がかかるので、ドライフラワーと上手に活けられたらと思っています。

楽譜をよく読まない生徒さんのほとんどは、楽譜を見ながら弾けないというシンプルな事が原因だったりします。放っておくと、覚えないと弾けないという事になり、1曲仕上げるのに恐ろしく時間を費やします。鍵盤を見ないと間違うのではないかという不安が、逆に弾けなくしている事に気づいてもらわないといけません。私が子供の頃は「目をつぶっても弾けるように」というのが先生の口癖でした。

鍵盤を凝視するから楽譜を読む人が居なくなってしまう訳ですが、練習を積めばやがて出来ると思っています。確かに、恐ろしく時間がかかかるけれど、いつの日か弾けるのかも知れません。しかし、楽譜をよく読まないのだから間違って覚えてしまう事が大半で、悪い癖が定着して、そこから抜け出すのはとても難しいものです。それに気づいてもらわなければいけません。そのためにレッスンがあるのだと思います。

良い練習とは、すぐに適当に弾くことではなく、楽譜をよく読んでから超ゆっくり正しく弾くことだと思います。つっかえるのも悪い癖に繋がるので、やがて練習したら完成するだろうと思っているかも知れませんが、恐ろしく時間を費やし、完成には程遠い道のりだという事です。

「完璧に演奏する」と言う人が居ますが、芸術の世界では「完璧」という言葉は恐らく存在しないように思います。楽譜を間違わないで正しく弾ける事が「完璧な演奏」ではないからです。「表現する」という事まで伝わるように指導するのは難しい事だと思いますが、それでも「こんな風に」と例を示せば、すぐに「こんな風に」が出来てしまう生徒さんが多いので、そこからではないのかと思う今日此の頃です。

今年の1月にボスの「シュン」を撮った写真。中央でカメラ目線を送っているのが「シュン」。右横上に居るのが「かげ」。

あどけない顔をしている「かげ」を見つけた。しかし、「かげ」だからと狙って撮った写真ではなかった…。

1年も経たないうちに老化現象が訪れるのは残酷だと思う。身体が曲がり、体力が劣る。その前に政権交代が起こるのだろう。だからこそ、彼らは短い命を全うするまで懸命に生きるのだと思う。

みかこ