「幻のピアニストと言われているロシアの大物ピアニストが来日するのだけれど、一緒に聴いてみない?」と、当時ピアノを習っていた先生に聞かれた。もちろん「聴いてみたいです!」と即答した。それはラザール・ベルマンというピアニストだった。先生は、「私はS席を取るけれど、どうする?」と。当時、中学生だった私には即答できなかった。S席は6,000円だった事を今でも覚えているくらいだから、母に言うのは少々勇気が要った。その頃は、ピアノに燃えていた時期で色々とお金がかかったと思う。プロピアニストのレッスン受けたり、そして、ベートーヴェンのソナタを勉強するならヘンレ版を使いなさいと受講した宮沢明子氏に言われたのだが、これが上巻6,000円もするのだ。レコードだけは、毎月のお小遣いを全投入して自分で探して買っていたが、それが最大の楽しみだった。
母には「先生と同じ席で聴きなさい」と言われ、贅沢にも厚生年金会館のS席で先生と一緒にラザール・ベルマンを聴いたのだ。コンサートに出かけるというイベントは刺激的でワクワクした。大人になってからは、独りでコンサート会場に行くのが楽しみになった。きっかけを作って下さった先生には大変感謝しています。ベルマンの札幌公演は、レコード化されたのでびっくりした。直ぐに買い求めてリサイタルの余韻に浸った。アンコールで演奏されたスクリャービンのエチュードが心に響いて、あんな風に弾けたらカッコイイなぁと子供心に思った。
今、巷で話題の村上春樹氏の小説の中にリストの「巡礼の年」が何度も登場するのだと、昨日、友人がネットに書いているのを見て知ったのだが、ラザール・ベルマンの演奏によるものらしいのだ。5月15日に再販されるようだが、Amazonでダウンロードしたら全26曲で1,890円だという事で、はじめさんが昨夜購入してもう聴いている。便利な世の中だと、つくづく思う。「巡礼の年」からは第3年の「エステ荘の噴水」だけ勉強した事があるが、「ダンテを読んで」や、「ペトラルカのソネット」3曲などなど、「エステ荘の噴水」を勉強する時に色々なピアニストの演奏を聴いた。しかし、全曲演奏というのは珍しいし、貴重だと思う。
持っているスコアには20曲分しか掲載されていないが、ほぼスコアを見ながら聴くことが出来た。ベルマンの演奏が素晴らしいと思う。あまり好きではなかった「ダンテを読んで」や「オーベルマンの谷」が、ベルマンの演奏だと不思議と心に響いてくる。「ペトラルカのソネット」、「エステ荘の噴水」も今まで聴かなかった事を後悔するくらいに素晴らしい演奏だと思う。「巡礼の年」は、20代から60代まで断続的に作曲したものを集めたもので、スイスやイタリアなどリストが訪れた土地の印象や、そこで体験した事、目に写った風景などを書いたもので、リスト作品でよく言われるピアノ技巧を全面に押し出したものではない。深い表現力を要求される曲集だと思う。村上春樹氏の小説を読むかどうかは分からないけれど、どんな風にこれらの曲が小説の中で使われているのか興味深い。