Categories: ピアノ piano

向き合う事から逃げない

昨日は、久しぶりに札幌から大人の生徒さんのレッスンをした。転勤したばかりで春は何かと忙しそうだ。驚いた話では、担任を受け持ったクラスは以前小2の時に学級崩壊したというのだ。耳を疑った。小2でそういう事が起きるのだろうか。だから学力も追いつかず、言うことも聞かないと、珍しく大変そうな表情をしていた。

その夜のこと。楽譜を並べてどんどん弾いていると、ご父兄からの電話が鳴った。苦手な練習をしたくない。それさえ無ければ楽しいのに。というものだった。かなりナーバスになっているとの話で、辞めたいと言う時もあるのだとか…。生徒さんが家でどんな練習をしているか分からないが、それはレッスンをしてみたら直ぐわかる事。出来ない時は、家でどんな精神状態になるのかは分からない。また、練習したくない曲があるのは人間だから仕方が無い事かも知れないが、苦手な事を避けて通るのはラクだけれど、それはいつか壁にぶつかった時にまた同じように逃げるのでは駄目だと思うのだ。何のためにピアノ教室があって、何のために先生が居るのか分からなくなっているのではないかと。

今日は、レッスンしながら話を聞いてみる事にした。家で分からなくなったり出来なくなったらどうするの?と聞いてみた。たまたまお母さまがピアノを弾ける方なので、今まではすぐお母さまに聞いて出来ていたのかも知れない。その子にとって、ピアノ教室というものは、家で弾いてきた事を披露する場で、先生はそれを聴く人。つまり分からない事や出来ない事を教えてもらう場所ではないと思っていたようだ。しかし、それは私にとって反省点である。

苦手としているのは即興演奏なのだが、テーマから自由に曲を展開していくという事に正解はない。レッスンを重ねて自身が納得したところで録画を撮らせてもらう事にしているのだが、今まで全員が通過しているのだ。その録画を見ると、みんなびっくりして必ず「こんなの無理です」と言う。しかし、レッスンしていくうちに隠れていた能力が発揮されて、とんでもなく素晴らしい演奏を生徒さんたちが披露する。苦手と思っていた事が、実はそうではなくて、やってみたら面白かったとの感想がほとんどだ。一番大切な事は、自分なりに、まずやってみようと思う気持ちなのだと思う。

今日のレッスンでは、今日の即興演奏が完成するまでやってみた。笑顔で帰ったけれど、お母さまに披露したのだろうか?

みかこ