昨日、安倍政権はついに「集団的自衛権」の閣議決定を行った。国の大問題である。それを、あれよあれよという間に急ぎ足で身内だけで憲法をねじ曲げて決めてしまったのだ。人が殺し殺される事態を招く命に関わる事なのに….。国民の中には難しすぎて分からない人、どこか他人ごとと思っている人が今だに多いようだ。
安倍総理の記者会を「報道ステーション」で観たが、相変わらず空疎で大嘘つきで、国民を舐めきった会見だった。何故「集団的自衛権」の行使容認が「戦争に巻き込まれ難くなるのか」。真逆ではないか。取敢えず閣議決定しておけば、後でどうとでもなると思っているのが透けて見える。「集団的自衛権」は命のやり取りなのだ。その説明が全く無い。
最近、レッスンで生徒さんに「もっと積極的に弾こう」と言うのを躊躇う…。
安倍総理の「積極的平和」というのは、平和とは矛盾するものだ。平和学では「平和=戦争のない状態と捉える「消極的平和主義」に対して、貧困、抑圧、差別などの構造的暴力がない状況を「積極的平和」とされている。しかし、安倍政権の「積極的平和」は軍事力での強靭化だ。だから憲法で認められていない「集団的自衛権」に行き着くのだろう。それは、戦後の平和主義が足元から崩れる事になる。暴力による支配だから。
保身のために安倍晋三に何も言えない不甲斐ない議員たちは税金泥棒と同じ。7月1日は、国民が真の平和主義を取り戻す記念日となったのかも知れない。